お施主様の建築日誌 〜「建てちまったよ!”板倉の家”」〜
 


        
 

■板倉の家との出会い

 その日は突然やってきた。

 家を建てようなんて昨日までは家内もわたしも思っていなかったし、具体的な計画すら考えこともなかった。外部から降りかかってきた突然のある事情でこの住み慣れたマンションを出て、新しく土地を見つけ家を建てねばならないことになってしまった。

 (事情は省略)

 家を建てねばならなくなった。
一般に家を建てるというと最近はハウジングセンターへ行って、きらびやかに飾ったハウスメーカーの家を買物のごとく「買う」感覚で選ぶらしいが、わたしも家内もそんな家選びはまっぴらごめんであった。出来うれば「買う」のではなく、自分の思いを形にした家を「作り」たかった。では思い描く理想の家とは何か。

 わたしの場合は「民家」であった。「民家」の定義は曖昧なのだろうけれども、各地方の気候風土・生活様式に合った伝統的な家とでもいうのだろうか。古民家といえば文化遺産として登録されている有名な商家もあれば百姓家もある。ただ、古民家の渋さ、素晴らしさはわかるが移築して建て直すというのはおそらく現実的ではないから、新築で民家スタイルの家を作りたいと思った。家内はどちらかというと全体的なことより、間取りやキッチンをどうするかという各論のほうに気が向くみたいで「民家」自体には格別反対はないようであった。
 自分なりに雑誌やインターネットでコツコツと民家のことを調べあげていった。その過程において古い「住宅建築」という堅い建築雑誌を手にする機会があり、たまたまその号が「板倉の家」の特集を組んでいた。もともとは倉だったらしいが、民家へと変貌した歴史があるとのこと。一見するとログハウスのようでもあるが、より性能が良さそうだし、わざわざ輸入した高い外国の木でなく、近くの国産の木材で安く出来そうであった。この「板倉の家」をインターネットで調べてたどりついたのが、岐阜の栗田建築設計事務所であった。

 過日、恐る恐る栗田設計へ電話をかけてみると、事務所も板倉の家で建ててあるので良かったらいらっしゃいとの回答をいただいた。お言葉に甘えて厚かましくも家族連れで電話の翌日にさっそく岐阜へ訪問することととなった。

 栗田事務所の玄関に入ったとき、木の香りが漂っていたのが最初の板倉の印象だった。確かにログハウスのように全体を木で作り上げているのだが、雑誌等でイメージしていた重厚な感じではなく明るい色合いでログハウスや古民家より軽快でやわらかいなと感じた。その後栗田先生より模型を使った板倉の構造の説明をうけたが、意外と単純な造りだけれども、なるほど地震には強いなという安心感が得られた。また職人さんがひとつひとつ手作業で丁寧に加工するところと、パネルを工場で精密に作り上げ現場の工程を減らすところと、新旧の技術が合わさったまさに「現代の民家」ではないかと確信した。

 その日はなんとなく板倉の実物を見てみようというだけの軽い目的だったが、困った質問をしてみたり、板倉の部屋をしげしげ触ったり案内してもらったりで3時間も居座ってしまった。子供は走り回るし、終いには寝てしまうわでお礼を述べておいとまするときには、この「板倉の家」を自分の家として建てようと決断していた。


■土地探し

 栗田建築設計から帰ったその夜、家内と「板倉の家」で建てようと相談はまとまった。「木の家は弱いから嫌だ」と当時保育園で「3匹のこぶた」を繰り返し読んでいた長男も、親に感化されたか、昼間走り回ったのが面白かったか「ほんとうは木の家はレンガの家より強いんだよ。」と、言い始めている。
 その夜から家内は住宅雑誌とにらめっこし、平面図を書いては消し、消しては書いてまた違う雑誌を買いに行く生活へ。わたしは不動産情報誌とインターネットの土地情報を頼りに土地探しの生活へと多忙になっていった。

 当時住んでいた名古屋市内のマンションは駅近の住宅街で利便性、生活環境は文句がなかった。ただ現実的にこの周辺では坪100万円以上という相場で、1会社員には手がでるものではなかった。当然ながら郊外へ探すポイントを移し、勤務地に40分圏内、学校、病院、買い物に便利で、せっかく郊外なら自然が多くて、60坪くらいあって、庭がとれて、そんでもって安いところ……という条件で探す。
 そんな条件の該当土地は郊外でも、さらに県外にまで出たならようやく当て嵌ってくる。最近のJRや名鉄は岐阜まで約20分ではないか。ここは板倉の家のために岐阜県人になろうではないかと愛知以外に住んだことがない(内心嫌がっている)家内を連れ、過日、岐阜の不動産データをもとに該当の土地を見に廻った。

 該当土地は確かに予算内に収まったものの、稲刈りが終わったあとの田んぼに囲まれた土地だとか、田んぼを潰して造成した10棟ほどのなかの1区画空いている土地とか、なんだかさみしいところばかり。結局、気分が滅入って県外移住計画はたった1日で撤回することになった。また名古屋周辺で土地を探そうとわたしが言ったときの、家内のうれしそうな顔はなかなか近年お目にかかれないほどのものだった……。


■土地購入

 土地探しも少々こなれてきて、不動産相場がなんとなく頭に入ってきた頃、家内の親類が住む名古屋市緑区の造成地に空きが出てきているという情報が持ち込まれてきた。その辺りの土地相場も把握していたが(不便な割りに高いなと思っていた)、その周辺の不動産屋に情報を入れると3件ほど気になる物件があった。

 日曜日を待って子供連れでその土地を見にいってみた。1件目は住宅団地の中で日当たりは良いが37坪の敷地。考えていたよりせまい。隣家に大きな犬がいるのも気になる。家内は満更でもなさそうで、どちらかといえば「早く決めて楽にさせてくれ〜」というオーラを出している。2つ目の土地は不動産屋が地主さんから畑を買って造成したという8区画のうち4区画が売りに出されているもの。目に留まったのは1番奥の土地で敷地は70坪。変形地なため坪単価は相場より安い。緑地公園と接地しているため緑も多く、片隣りには家が建つことはなさそうだ。土地の裏を散策してみると竹林と雑木林が続いており、アケビが実ってモズが囀っている。自然豊かだなぁ〜 なんだかいいんじゃないかな。家内はというと、蚊が多そうだとか、竹の根が心配だとか言っているものの、早く決めてくれオーラを相変わらず出している。息子は雑木林で見つけたカマキリとにらめっこしている。よし、なんかいい感じだ。変形地がちょっと不安だけど、竹やぶも気になるけど、ほんとは予算も少しオーバーしているけど……ここに決めようじゃないか。

 こうして運命の出会いと間違っても言えないほど、意外とあっさり土地購入を決めたのであった。土地購入に必要なものってのは「勢い」ではないか。今でもそう思う。


■板倉の家設計開始

 出合った土地の購入のため、銀行を2つだけ廻って単純に安い金利を出した方を選び、ローンを組んだ。銀行には0.1%でも金利をまけてくださいと言いたかったけれど、担当の方が若くて利発そうな美しい女性だったので結局言えずじまい………。
 大きな借金を何十年も背負うという生まれて初めての経験。いよいよ家造りから逃げられなくなった。

 わたしが土地関係で走り回っている間、家内はといえば、購入して積み上げた住宅雑誌が腰の高さに達し、考えぬいた平面図プランは何十通りともなっていたが、どうやら「これだ!これ以上は考えられない」という1プランを作り上げたようだった。
 過日、家内のプランをもって岐阜の栗田建築設計へ行き、プロの目から図面を検証していただいた。意外なことにその家内のプランが動線に無駄がない素人らしからぬ図面だと評価(多分お世辞)をいただいた。考えてみればあれだけ住宅雑誌に投資したんだもの、そのくらいの図面はいいとこどりして書けて当たり前だったのかもしれない。
 調子にのった家内は鼻息荒く、自分の要望をどんどん口にして、自らの思い描く「すまい欲望」をかなえようとしている。わたしも何か言おうとするのだけれど、「民家みたいな家=板倉の家」と決めてからはすっかり油断していたので、隣で大きな声でしゃべる敵のいうことを黙って聞いていることにする。
 欲深な家内の要求に対して、建築のプロ栗田先生は、真摯に冷静に「それはよい考えですが、こういう手段もあります」とか「それはこんな実例があってお薦めできません」と指摘回答される。そうこうするうちに変形地の敷地に対して配置する家の建て位置も確定し、当方が希望する35坪くらいの建坪プラン図が出来上がってきた。このあたりから家を作る過程の楽しさが初めて実感として沸いてきた。

 家内は間取りや家具の配置を考え楽しんでいたが、わたしは家の構成する素材を考える楽しみを見つけることができた。基本的に板倉の家を建てるということは、すなわち自然素材の家になることなので、天然素材の吟味ということになる。木の種類の中からどこにどうやって使うかを考える楽しみ、塗り壁の材料選び、色鮮やかな和紙の仕様に、外部の壁の色選び。自然塗料の選択。こういった作業の時間は非常に幸せなときであったが、まだ確定していない家の金額や土地のローンのことを考えると、夜に眠れなくなってしまうときもあるのであった。


■板倉の家着工

 何度か岐阜の栗田建築設計へ訪問し、人見知りのわが長男も「木の家のせんせい」と挨拶が出来るようになった頃、ほぼ図面は確定し施工店を決めることになった。建てる場所が名古屋市であり、先生の主催する「板倉の家協同組合」の会員の1社である瑞穂区の西垣林業住宅事業部(現地域材活用事業部)さんに見積依頼となった。営業さんとお会いし当方の予算を伝えると、先生のご紹介もあるし厳しい数字ではあるがやってみましょうとの返事。監督さんも紹介をうけ工程をざっくりと説明をうける。栗田先生から聞いてはいたのだが、上棟してから完成までの期間が約3ヶ月と短い。これが土壁の家だったら1年以上なんだろうけれど、木の壁でパネル化されているから早いんだなと受け売りの聞きかじりであるが初めて納得する。住む側にとっては一生のすまいとなる家だから、建てることにそう焦ることもないのだけれど、やはりローンの支払い金利もあるし、住む側にとっては早く完成することはありがたいことである。

 契約書を交わしたらすぐ地鎮祭である。地鎮祭の朝は昨日の雨があがり朝から陽が出た。縁起を担ぐほうではないが、地鎮祭は晴れて欲しかったのでほんとうに天気はありがたかった。監督さんも足元に砂をまいたり、コンパネを挽いたり、子供にお愛想をしてくれたりと何かと気がかりだった様子である。
 地鎮祭はもちろん初めてだったので、神主さんから言われたとおりの作法順序で神様に安全祈願をしたつもりであったが、あとで「2礼2拍手1礼の最後の1礼を忘れていましたよ」と監督さんに笑いながらつっこまれ冷や汗をかく。神様が怒るといけないので四隅にまく酒を多めにしておく。

 地鎮祭の翌日には待ちきれなかったよという勢いでショベルカーが敷地に入り、土を場外へ掘り出していた。買った土地は相場より安いのには安いなりの理由があって、購入者側負担で擁壁を作らないと宅地として基礎工事には入れないのであった。また名古屋市の「がけ条例」とかいう条例で擁壁の高さや厚みも決まっていて、なかなかこれが煩わしくすぐに本工事というわけにもいかないのであった。


■板倉の家上棟

 擁壁・基礎工事がわが現場で行われている約1ヶ月半の間、板倉の家の構造材(土台、柱、梁・桁)は大工さんの倉庫で手刻みされていた。ある土曜日、監督さんの案内でその倉庫へ見学へ行った。大工さんは棟梁、番頭さん、棟梁の息子さんの3人で、ご挨拶のあと邪魔にならないよう監督さんに説明をうけながら見学させてもらった。

 現在の主流はプレカットという工場ラインで早く安く加工するらしいが、わが家は大工さんの手刻みである。監督さんの説明によれば、板倉の家はプレカットでは出来ない加工が多いので、大工さんで手加工した方が効率的でコストも反対に見合ってくるし、プレカットのような機械的な自動ラインと違い大工さんは1本1本を見ながら加工するから、使う箇所に応じた木を当てはめてくれるし、何より手仕上げの丁寧さが全然違うのが一番大きい。刻んだ大工さんはすべて構造が頭に入っているので造作工事に入ってからは図面を見なくても何が必要かがわかるとのこと。特にわが家は棟梁の息子(28歳)がメインでやってくれるので、何十年たっても彼が生きている限り、ホームドクターがいるようなもので家のメンテナンスの際には心強いですよとのことだった。
 説明を聞いて非常に感心し、かつ自分の家の材料が見事な杉と桧の材料だったことに感激し、都合で来られなかった家族のために桧の木っ端を香りとともに持ち帰りおみやげとしたのであった。

 基礎工事も終了し建築吉日、いよいよ上棟の初日を迎えた。板倉の家は棟をあげて屋根をうつのに約3日かかるらしいが、この3日のあいだに雨が降るとちょっと大変なんですと監督さんから聞いていた。板倉の家の主要部分がすべて見えるため、雨に濡れると染みになりやすいということらしい。3日間の天気予報は曇りという微妙ではあったが、初日は暖かく陽もでてコンディションよしという感じであった。
 当日は有給をとって休み、わが家の上棟を現場で1日眺めるという贅沢で貴重な経験をすることができた。

 板倉の家の上棟の手順は、@基礎にひいた土台の上へ柱を立てる Aその柱へパネルを上から落とし込む B横架材を架ける という順序で組み上げていくのだが、Aのパネルがスルスルと落とし込まれる作業が見ていて飽きないのである。落とし込んだらそれが部屋の壁となるわけだから実感が伴うし、うまく入ったり入らなかったりもあるので施主の立場としてはスリリングなのである。てこずったパネルがようやく上手い具合に取り付いたときは思わず拍手がでてしまう。大工さんもやれやれとニヤリと笑うのが可笑しい。
 思わずいろいろなシーンを写真に収めた。大工さんもやりにくかったかもしれないが、当方としてはこんないい思い出の写真はないなと思う。

 上棟2日目は現場へ行けず、上棟3日目の夕方にそわそわしながら現場へ行くと、外観が家になっているのに驚いた。先に着いていた家内と長男もびっくりしていた。3日前には何もなかった土地に家が建っているのだから子供心には尚更だろう。大人になって、最初の記憶ぐらいに残ってくれるとうれしい限りだ。夕方の段階で屋根の板を打ち終わっており、ほぼ予定通りとのこと。上棟式を執り行い、大工さんに心ばかりのご祝儀をお渡ししお礼を述べる。
 棟梁のはなしでは、上棟というものは気が張って前日にはよく眠れないものだがようやく今日でホッとしましたとのこと。お疲れさまである。

 作業が終わった現場を家族と見て廻る。まだ床は貼っていないものの、パネルが落とし込んで間取りは出来ているのでわが家というものがこの段階でも実感できる。大げさでも何でもなく、家の中が森みたいな清浄な香りを出している。深呼吸して思った。

 「早くこの家に住みたい」


■板倉の家大工工事進行

 上棟してのちは、土曜日の休みごとに仕様部材の確認や照明配線配置確認など忙しくなったが、俄然ここでは家内が張り切ったし、びしっとすばやく決断を下すスピードはなかなか頼もしかった。台所に至ってはオーダーキッチンということなので家内の力の入れようは最高潮に達していたに違いない。キッチンといえば今時システムキッチンだろうと思っていたわたしから見れば、口を挟むこともないというか口を挟ませることさえ出来ない状況であったが、完成した姿を見たときは文句のつけようがない出来栄えであった。システムキッチンにはない暖かさと家事の動線から考えた収納位置。家内が書いたラフなスケッチと説明で、理解しそれを見事に体現してくれた若き大工さんに家内はすっかり感動していた。結果的にシステムキッチンを導入するより値段を抑えられたのも驚きであった。

 板倉の壁板は節が多いので、いくつかの壁をしっくいで塗ろうと、建てる前は計画していたのだが、壁が落とし込まれ、部屋の間取りが実感できると節の具合はまったく気にならなくなっていた。予算も浮くので結局しっくい塗りは和室だけにした。ただし、1階の床は節が少ないヒノキのフローリングを貼り、建具もその床の余った材やサワラやスギの節が少ない板を使ったため、節と無節のバランスがとれて部屋全体の調和がとれた。
 また外部のベランダデッキの柱には、本来床柱に使う丸い磨き丸太を採用した。いわゆる銘木の選別から外れた規格外もので、大変安く強度はなにも変わらないものという監督さんからの提案をうけ、大工さんに施工してもらったところ、インパクトのある面白いベランダとなった。確かに良く見ると柱が曲がっているのが愛嬌である。

 他にも監督から会社の倉庫に眠っていた黒い板を削ってみたらきれいな松の柾目板がでましたので、どこかに使いましょうと提案をうけたり(ロフトの天井にした)、広い巾の1枚板を造り付けの机にしてもらったり、見事なキッチンテーブルを格安で作っていただいたりと、木材会社でもある西垣林業さんには色々と便宜をはかっていただいた。こうして木を活かした家造りは大変楽しく打合せしながら着々と進んでいった。


■板倉の家完成

 上棟から約3ヶ月、建具も畳も入り、いよいよ完成も近づいた頃、薪ストーブが入った。板倉の家の細部や打合せは家内が仕切っていたが、この薪ストーブだけはわたしが拘ったものだ。予算上、何度も家内から削られそうになったものをなだめすかし、言い訳し、話をそらし、なんとか死守してきたものだった。
 家内は薪の確保はどうするの?というのが口癖だったが、たまたま買った土地の裏が雑木林であったことに加え、監督さんがうちの会社は木材会社なんで売られているような薪(ナラみたいな広葉樹)ではないけれど、スギやヒノキの建築資材の端材を調達しますよと心強いことを言ってくれたので大変安心であった。そのため、端材を燃やしても頑丈なタイプの薪ストーブ(ハンプトンH-200)を導入した。
 リビングの壁際の好位置は近頃の住宅ではテレビが居座るものだが、わが家は薪ストーブが占有した。結果、テレビは壁掛けするしかなくなり、それがために結局テレビを買い替える羽目になってしまったのは計画外だったが……。

 また来るべき天災に備えトイレの雨水利用を計画していたのだが、監督さんも初めてのことで情報を集めてもらったところ、現状トイレの便器は雨水対応型はなく、無理に使っても保証はないし、早く壊れやすい実例も判明し、迷った末にとりやめた。これだけ環境社会の時代になって消費者も敏感になっているのに、メーカーは対応を考えたらいいのに………エコ便器。
 トイレの雨水利用はあきらめ、庭の水遣り用・洗車用に給湯タンクを再利用した格安の雨水タンクを樋とつないで設置。更に昔ながらの太陽熱温水器を屋根に設置。家庭内でエネルギー消費が1番大きいといわれる給湯を半年以上実質ゼロにした。欲をいえば太陽光発電設備もといきたいのだけれど、償却と投資コストを考えるとまだ高すぎるので見送った。
 これにより、天災時は構造が強い板倉が家族の安全・健康を守り、雨水タンクが水を確保し、薪ストーブが熱源と明かりを与えるという災害に強い、出来るだけ環境に配慮した住宅が完成した。


■板倉の家の住み心地

 早いもので板倉の家に引越しして8ヶ月が過ぎた。以前住んでいたマンションの生活が遠い昔のようだ。この8ヶ月の間に、暑い名古屋の夏も経験し、雪がちらつく寒い冬も今過ごしている。色々なひとから「どうですか?新しいすまいは?」と聞かれ当たり障りなく「いい感じで住んでいます」と答えてはいるのだが、ここに改めて住んでみての感想をまとみてみる。

〜その1〜
 夏の暑さはそれなりの暑さである。特に2階は天井が貼っていない分1階より暑い。ただこれは普通の家もエアコンをつけないと暑いのだから板倉が格別暑いわけでもない。板倉の場合、家全体が湿度を調整しているので気温ほどの暑さを肌は感じない。特にそれは外から帰ってくると実感できる。エアコンの利用頻度はマンションより格段に少なくなり、電気使用料金が夏と冬で変動していないのが証拠であろう。

〜その2〜
 冬は薪ストーブが活躍。夜、寝る前に多めに薪を投入して就寝すると、朝の外気温が0℃以下の時でも室内温度は13℃を下回ることはない。床や壁の木が間違いなくストーブの放射熱を吸収蓄熱しているようである。ただ休日等で朝から晩まで薪ストーブを燃やし続けていると室内湿度が40%を切ってくるので、洗濯物を干すと湿度調整が出来る上、洗濯物はふんわり乾くので一石二鳥である。板倉の場合、空気が清浄なので部屋干しの気になる臭いということはまったくない。尚、暖房器具はこたつも石油ストーブも何もない。この薪ストーブだけで充分である。いまのところ暖房のランニングコストはゼロということも付け加えておく。

〜その3〜
 上記夏・冬の経験からいうと、この家には杉板以外の断熱材は入っていないが、それで十分であるというのが今のところの結論である。

〜その4〜
 室内環境に関しては、木材のもつ香り・色・足の裏の感覚、どれをとっても以前住んでいたマンションのクロスに囲まれた部屋とは比較にならない心地よさである。子供の通院回数が以前より減ったと家内が言っていたが、この家に住んでの実感はそれも必ずしも根拠のない弁ではないと思う。

〜その5〜
 自分に関してはよく眠れるようになったのが大きい。ささいなことで悩み眠れなくなるタイプであったのに、わが家内のようにグーグーよく眠れるのである。しかも寝つきと目覚めがよい。マイナスイオンというやつですかね…… 他、休日は薪のチェーンソー切りで忙しいことか。

〜その6〜
 実務的なことでいえば掃除は意外と楽である。バリアフリーなので掃除機掛けは楽。8ヶ月で子供たちはたくさん床に傷をつけたが、無垢の木なので傷も味わいがある。家内は傷は思い出であると開き直っている。クレヨンの落書きはどうかと思うが……
掃除で大変なのは、梁や桁の上のほこり取りだろうが、ズボラ一家なのでまだやっていない。気になってきたらきっと誰かがやるであろう(誰が?)。

〜その7〜
 板倉の家最大のよかった点は、わたしも家内も共通しているが、子供2人がいきいきと暮らしている点だ。もともと子供なので活発なのは当たり前だが、家の中が森みたいな木の家に住み(森林浴みたいな空気を吸って)、毎日薪ストーブの火を見て暮らすのは子供の情操教育にもいいと思っている。「板倉の家に住めば子供は健康で良い子に育つ」ということが残念ながら結果はまだ先しかわからないけれど、そうなる気がする。

 最後にこのわが家板倉の家を計画段階からお世話になった栗田先生や西垣林業の皆様、工事関係の業者様、この場にて再度お礼を申す次第であります。


 
 








■参考データ

家族構成:
敷地面積:
延床面積:
1階:
2階:
ロフト:
竣 工:




夫婦+子供2人
223.15u(名古屋市)
115.29u(34.8坪)
 58.84u
 56.45u
 13.32u
2008年6月